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天気の子 ネタバレ感想

天気の子、公開の一週間後に鑑賞しました。

 

もうめちゃくちゃよくて、すぐに感想を書いたのですが、下書きに放置しておりました。

もとよりこのブログもだいぶ適当なので、あれなんですけど…

 

まあ、せっかくブログ作ってたの思い出しましたので、そのときの熱があるままに以下掲載します。

 

ネタバレすごいので、お気をつけを。

 

✳︎✳︎✳︎

 

天気の子を観た直後の私の感想は、新海誠監督はすごい。
ありがとうございます。新海誠様。でした。
これからも素晴らしい映画を作り続けていたただきたいと思います。

 


とにかくすごい映画でした。ちっちゃな私の脳内スペースは天気の子でいっぱいです。ちょっと落ち着けるために、文章として書き出したいと思います。


新海誠監督作品は、いいと思ったものはパクリすれすれでも取り入れるタイプだと思います。今回も、セルフオマージュ含め、過去の作品たちを思い出させるシーンやストーリーが多くありました。このような記憶を刺激する仕組みはオタクウケしますよね。というか、私ウケします。


以下はネタバレが続きますので、どうかご注意ください。


ほしのこえ最終兵器彼女についてもネタバレしています。

 


◯天気の子と最終兵器彼女


天気の子が公開されて1週間以上たち、Twitter等では令和時代の『ゼロ年代』『エロゲ・ノベルゲー』『セカイ系』とか、新海誠が帰ってきたなど言われていますが、はっきり言ってその通りでした。


ここでいうセカイ系というのは、『主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと』を想定しています。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/セカイ系


※いかにエロゲかを語っているこの記事は一読の価値ありです。完全ネタバレですがちょうおもしろいです!
http://cr.hatenablog.com/entry/2019/07/23/000034
http://cr.hatenablog.com/entry/2019/07/23/000034


私は所謂エロゲは体験していないものの、ゼロ年代セカイ系作品群は大好きなので、天気の子鑑賞中は「なんだこれセカイ系www新海誠監督、自分を貫きすぎwww」って、ちょっと笑ってしまいました。


とくに私が思い出さずにいられなかったのは、セカイ系として知られる高橋しん先生の最終兵器彼女です。


余談ですが、新海誠監督の娘さんは子役として活躍されていて、新津ちせさんというんですよね。
ちせですよ?個人的には最終兵器彼女からとったとした思えません。


さて、最終兵器彼女では、ヒロインちせは最終兵器になってしまい、戦争から地球を救うために兵器として戦います。そして、『実を言うと地球はもうダメです』になって、恋人であるしゅうちゃんをちせに取り込み宇宙空間で2人だけでラブラブしてエンドです。


一方、天気の子では、ヒロインの陽菜は100%の晴れ女になります。そして、東京を晴れにするために祈ります。最終的に、東京は水に沈み、帆高と陽菜はラブラブしてエンドです。


ストーリーを省略して書いたとはいえ、構造は非常に似ていると思います。


大きな違いは結末で、最終兵器彼女では地球は滅びますが、天気の子では水没するものの東京は形を変えて存続します。


この違いは、ちせと陽菜に与えられた能力の違いにも依存しています。ちせは世界を滅ぼす力を得ましたが、陽菜は晴れにするくらいです。陽菜は自分の中に帆高を取り入れて宇宙に行く能力も無いですし、2人が生きるには東京を生かすしかなかった。


天気の子では、2人がお互いを求める意志が、世界の形を変えてしまう。しかし、変えてしまった世界、東京には人がいて、社会があることがきちんと描写される。そして、ラストシーンでは陽菜も帆高も少しですが歳をとります。
セカイ系でありながら、このようにラストで変えた社会と時間変化を描写したことで、2人の世界で終わらず本当の世界に一歩踏み出したのではないかと思います。


最終兵器彼女では、ラストシーンのちせはしゅうちゃんの記憶から再生された女子高生の姿です。しゅうちゃんにとって、ちせは一生女子高生として再生されます。
また、こちらもセカイ系と言われる新海誠監督のほしのこえについても、ヒロインみかこは、主人公ノボルにとっては恋をした当初の女子中学生のままいです。
このような描写は、大切な女の子への恋愛感情を運命的で唯一の素晴らしいものとして一生留めておくという素晴らしい表現だと思います。
しかし、一方で、非現実的であることは間違いありません。なぜなら恋愛の形は変わります。そして現実世界では私たちは恋人と2人きりでは生きていけません。


天気の子のラストは、陽菜は高校生に、帆高は大学生になります。そして陽菜はもう晴れを呼ぶ力のない普通の女の子になっていました。
2人の選択は世界を変えました。陽菜の家の前は水に沈み、毎日雨が降り続きます。その現実は2人に一生罪の意識を負わせるでしょう。
2人が再会したからといって、出会った初期のようなドキドキする日々はもう訪れることはないでしょう。


それでも、ラストで、陽菜と帆高は抱き合います。大丈夫だと確かめ合います。
そして、目前で降り続ける雨は、恋愛初期の記憶そのものです。社会で生きていく中で、絶対的に提示されるこの記憶によってその夏のときめきを生涯忘れることはないでしょう。


この描写は、前述の二作品より現実的な設定に落とし込みながらも、恋愛初期のときめきを一生留める新しい発明と言えるのではないでしょうか。
確実に新海誠監督は進化しています。


私はラストのこの構造に、結婚して子供ができた夫婦をみました。恋愛関係が終わったとしても、2人が楽しく愛し合った記憶は消えず、形として残り続ける。…そうでありたいという願望が生み出した飛躍的な解釈だとは思いますが。

 

ルーベンス展@西洋美術館

西洋美術館で開催されているルーベンス展に行きました。

お正月休み中だったので、ものすごい混雑…

人は多いけどスペースは広いのでフェルメール展よりもゆっくり見ることができました。

 

とくに、日本初公開という聖アンデレの殉教は、大きくて印象的でした。なんというなダイナミックで動き出しそうなんですよね。ハリウッド映画の1シーンのような感じで、これからドラマがはじまりそう。

 

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https://home.ueno.kokosil.net/ja/archives/27024

 

聖アンデレは、イエスの12使徒の一人で、絵にあるようにエックス型の十字に貼り付けにされて処刑されたと言われているそうです。

このことから、エックス型の十字は、アンデレ十字と呼ばれるんだそう。

展覧会では、エックス型であることで、よりダイナミックな印象を与えるといったように紹介されていたと思います。

 

ルーベンスは、ローマの古代の彫刻をたくさん勉強して、ときには模倣することで絵画を作製したそうです。

いくつかのルーベンスの絵画は、参考にしたとされる彫刻とともに展示されていました。

肉体美というのは、やはり何か完成されたものなのでしょうね。男性の力強い筋肉美、女性の柔らかな曲線美…

 

展覧会の最後に展示されていた『エリクトニウスを発見するケクロプスの娘たち』で描かれているの裸体からは、ダイナミックで強さのあるいきいきとした弾力のある柔らかさを感じました。

 

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https://www.museum.or.jp/sp/event_details/90242

 

この絵も神話が題材です。

こちらのサイトに、その神話が紹介されていました。

http://tigaku.com/astronomy/astro_mythology/winter/Auriga.html

大神ゼウスの子供ヘファイストスは、片足が不自由でしたが、金属を細工するのがとても上手く、熱心に仕事をする鍛冶の神でした。
   そのヘファイストスと女神アテネの間に生まれたのが、ぎょしゃ座になっているエリクトニウスでした。(ローマ神話では鍛冶の神ウルカヌスとミネルヴァの間に生まれます)

  彼は大地から生まれたとされ、父親に似て生まれつき片足が不自由だったため、女神アテナは生まれたばかりのエリクトニウスを箱 の中に入れ、アテネ初代の王ケクロプスの三人の王女に、

「どんなことがあ っても、決してはこのふたを開けてはなりませんよ・・・」
といって渡しました。

  しかし、そう言われると余計に覗いてみたくなるのが人情です・・・。三人の王女達は好奇心に駆られ、ある時そっと箱のふたを開け、中を覗き込みました。
  三人は驚きました。中には、かわいらしい男の子が、女神アテナの使いの蛇にまきつかれたまま無邪気に笑っています。(この赤ん坊が蛇身という説もあ るそうです)
  その驚きのあまり、気がおかしくなり、アクロポリスの山の上の岩に頭をぶつけ、身を投げて死んでしまいました。

   その後、エリクトニウスはアテナ女神の神殿で育てられ、成長して三代目のアテナ王となりました。彼は善政を行ったので、民衆からしたわれ、その一方で武勇にも優れ不自由な片足をものともせず、馬の背に体を縛り、戦にも出かけ、敵を驚かせていました。また、発明好きでもあ り、車椅子代わりの馬車を作り出し、それを自ら操って戦場を駆け巡ったそうです。

   大神ゼウスは、そんな活躍ぶりを見て、彼の姿をぎょしゃ座として夜空に上げ、その功績を讃えたと言われています。

 

展覧会では音声ガイドも借りましたし、絵の横の解説も豊富にあり、勉強になりました。

しかし、この頃の絵画は、神話やキリスト教、歴史的背景の教養を必要とするので、作者の意図をくんで楽しめきれていないのだろうことが、残念です。

 

しかし、西洋美術館は、やっぱりいいですね!

内容が濃い…特別展に加えて常設展も観られるのがお得感強い…本当に一日中過ごせます…

 

フェルメール展@上野の森美術館

フェルメール展に行きました。

結論から言うと、フェルメールの絵画、とてもよかったです!!

 

世界に35作品しかないというフェルメール作品のうち、8点(日程により9点)が展示されています。フェルメールのほかに同時代のオランダの絵画が多数ありました。

 

久しぶりにフェルメールくらいの時代の絵画を観覧しましたが、なめてた…いいね…

まず、美しいですよね。

そして、昔の暮らしを知るのもとても楽しい。

今回の展覧会は、解説が充実していたので、無教養な私でも楽しめました。

 

フェルメール真珠の首飾りの女と手紙を書く女は、ふたりとも同じ黄色の服を着ていてるのだけど、フェルメールに影響を受けたという他の作家の作品にも同じ服を着てる人が出てきます。

パクリ?笑 おもしろかったです。

 

フェルメールや同時代の作家の作品の中に、人物とともに絵画や本などが描かれているんだけど、それらにもちゃんと意味があるのだそう。例えば、楽器は恋心を、嵐の海は荒れるような恋心を、描いてるんだって。(恋心ばっかり笑)

昔の人にとって、絵画はいろんな意味を持っていたんだろうね。そこにあるストーリを感じさせるから、リアルな映画だったり演劇だったり…マンガみたいな意味もあるのかな。

 

しかし、前売りで2500円、石原さとみちゃんの音声ガイド付きとはいえ、高いね〜!

全ての作品の解説がついた小冊子も頂きました。

 

上野の森美術館は、やっぱり狭いよね。

人気のフェルメール、時間制限しているのに人だらけで、なかなかストレスでした。会場が狭くて作品が少ないからまだましだったけど。

あと、会場出るまでトイレがないのね…

長くいようにもいられないじゃん…

トイレは途中に設けて欲しかったなあ…

 

図録も強気の3000円…

購入しなかったけど、解説も充実していて良さそうでしたよ。

 

 

されど私の可愛い檸檬

久しぶりに舞城王太郎作品を読みました。短編3話が収録されていて、そのうち一編は書き下ろしです。

2冊2ヶ月連続発刊で、もう一冊の林檎と共に読了しました。非常によかったですね。

舞城王太郎さんは、私の一番好きな作家さんです。

一番好きなのは「ディスコ探偵水曜日」なんですが、今までの作品とかと比べると、林檎もそうなんですけど、なんというか、新しい舞城でした。

今までの舞城作品…例えばディスコなんかは、ファンタジーでSFでミステリーで、物語で起こる出来事は、わりと現実的でないことが多いのですが、この短編集はそういうことがなくて、実際にあるかもしれない出来事しかでてきません。いや、たぶん、ちょっと変わった出来事だから、実際にはほとんど起こらないのだろうけど、起こりそうなのです。

 

表題作、されど私の可愛い檸檬、最近自分の生き方に迷ってた私にグサグサ刺さるホラーじゃないけど私にとってのホラー小説でした。

 

檸檬の意味》

もう一冊の林檎では、なぜ林檎なのかわかりやすかった(英語のイディオムが引用されています)のですが、檸檬については文中では明言されないのです。

それで、レモンの英語でのイディオムを調べて見たのですが、レモンにはポンコツとか出来損ないという意味があるみたいです。

あぁ、されど私の可愛いポンコツ。これはわかりやすいです。文中には、ポンコツという言葉が出てきます。

 

《タイトルの私とは誰なのか》

このお話は、主人公が青年期から家族を持つまでが描かれています。はっきり言って、主人公は決断が甘いポンコツです。最終的に、キラリと光る能力があったにもかかわらず、その仕事はせずに、やりたいことがあったにもかかわらず、結局、若い頃にやりたかったことができず、キラリと光る仕事は不義理して、子どもができて、主人公のもともとやりたいと思っていたこととは離れた、滅茶滅茶な先輩の敷いたレールにそった仕事をして生きることになります。それでもその中で主人公は生きます。そして皮肉なことに、何を仕事にするか自分の意思で決断できず自分でどう動くべきか決められなかった主人公は、生きるために、向いてもなくやりたくもなかった仕事において《決断することの重さ、厳しさ、重要さ、辛さ》を自覚するのです。

はっきり言ってこれは恐ろしい話で、私たち、いや実際は私の身に起こっていることで、背筋が凍りました。私は、自分の人生を決断してきたのか???

 

私の檸檬の、私とは誰なんでしょう?

ポンコツでも、かわいいんだ、というのは、誰なのでしょう。

レモン=ポンコツと仮定しておいて、レモン=私である場合には、私の私となってしまうから、矛盾しています。レモンがポンコツ加減というニュアンスなら成り立ちますが。まあ、タイトルの私は主人公自身ではなく、周りの恋人や職場の人なんだと思います。

本文でも言及されていますが、他人は優しいのです。それはその通りで、ポンコツに対してもみんな優しいんです。だけど、その優しさ、可愛いという気持ちは、私自身の人生を良い方向には導きません。

自分の意思決定をいかに正しく行い、考えて行動するかなんだと思います。

 

ぼーっと生きてるんじゃねーよってこと。

私は最近になって本当にこれを思います。

何かを成し遂げたい、成長したいと思ったら、ぼーっと生きてたらできないって、最近思います。

これまで、ぼーっと生きてきたから。

だから、この小説は、本当に怖かった。

 

時間を作って、他の話の感想も、そのうち書きたいな。林檎もレモンもどの短編もよかったです。ファンなので絶対悪く言えない色眼鏡もかかってますが、やっぱり好きだ。

 

生誕110年 東山魁夷展

http://www.nact.jp/exhibition_special/2018/kaii2018/

 

会期ギリギリで東山魁夷展に行きました。

開催されることは知っていたけれど、あまり行く気はなかったのだけど、気まぐれに足を伸ばしました。行って良かったです。

思ってた以上に素晴らしくて、いくつかの作品では感極まって目頭が熱くなりました。特に、晩年の作品群は、やはり良かったですね。

ある人物を特集した展覧会は、その人の表現したいことを感じやすくて、より感動することが多いですね。

 

70作品の出展で会場は結構広かったですが、1時間程度で満足いくぐらいの規模感でした。ずっといていいよと言われたら、ずーっと見ていられる作品も多かったです。

 

素人ながら、作品について、好き勝手書きます。

 

『残照』1947年

解説によると、東山魁夷出世作

見たときは早朝朝日に照らされ山かと思いましたが、作品名からすると、夕刻の風景なのでしょう。

山中の風景で、絵の中央の山々が、薄明かりで白っぽくスポットライトが当たったように照らされています。

多くの作品でそうなのですが、繊細ながらふんわりとして、本物の景色に美を感じる瞬間を思い出します。本展では、この作品のように中央に明るい色合いが配置される絵が多いように感じました。

 

『道』1950年

教科書にもよく載っている有名な作品。

真ん中より少し左を中心に、ややカーブを描き奥に向かう道が描かれています。目の前に立ってみふと、私の目の前に道があるように感じられました。

晩年の作品と比べると、活動的な印象をうけました。また。この中央に明るい細長い色合いの配置を置く作品も多かった気がしました。

 

『冬華』1964年

これは、北欧での活動機に描かれた作品のようでした。月に照らされた雪景色。中央に、白い満月と一本の大木が描かれています。白い木の枝の美しい広がっていて、複雑なのにまとまっています。

この作品と似た構図の作品が、次のセクションにも展示されている『花明かり』です。

 

『花明かり』1968年

こちらは、京都での活動期の作品。構図が『冬華』と非常に似ています。もしかしたら、冬華は桜を意識していたのかもしれませんね。全く異なりますが。中央に桜の木と月が配置され、柔らかく繊細な筆致です。調べて気がつきましたが、タイトルは月明かりではないのですね。月明かりによって照らされた桜が光っているように見えたのでしょうか。

 

『白馬の森』

白馬シリーズも複数展示されていました。白馬というモチーフが非常に幻想的に描かれています。もののけ姫のシシガミまでは行きませんが、現世界を超えた神的なものを感じました。

 

唐招提寺御影堂障壁画』

お部屋を再現しての襖絵の展示。10枚以上の襖に海を描いた作品が素晴らしかったです。ファンタジックなVRのような感覚を味わいました。

 

晩年の風景画

 

晩年の作品群は、本当にどれも素晴らしかったです。実物の風景以上の美しさ、心を動かす何かが、どの作品にもありました。実物の風景もとても美しく、それを写実的に描写しているにもかかわらず、それ以上に感動させる、アートワークの力を感じました。

 

 

 

 

赤岳

木金で赤岳登山に行ってきた!

 

一泊二日のちゃんとした登山は一年ぶり。

しかも今回は赤岳、横岳、硫黄岳と、縦走しました。

 

新宿から朝一番のスーパーあずさ茅野駅へ。

スーパーあずさは満席でした。指定席とれてよかった!茅野駅からバスで1時間ほどで美濃戸口に到着。八ヶ岳って東京から近い。

 

1日目は美濃戸口から北沢ルートで、赤岳鉱泉、行者小屋、赤岳展望荘まで。

行者小屋までは、ゆるやかな登り。川が流れていて涼しげな新緑歩き。アブ?みたいな虫がたくさんいて結構刺されました。刺されると結構痛かった。水を汲める場所が多いのも嬉しい。途中、赤岳鉱泉でスイカ売ってました!気がつくのが遅くて食べられなかったけど、、二日目に赤岳鉱泉に来た時はなかったから日によってあったりなかったりなのかな。

行者小屋から赤岳展望荘までは、それまでとうってかわって岩場を登るように。最後の頑張りにしては、なかなか長くて大変でした。途中途中で振り返って見える景色に慰められながらひたすら歩きました。

4時半ごろ、なんとか赤岳展望荘に到着しました。美濃戸口から約6時間。そこまでが(私にとっては)長いハードな登りだったので山小屋が見えたときは本当に嬉しかった。

 

赤岳展望荘についてチェックインするとコップがもらえます。このコップで、コーヒー、お茶、お湯が飲み放題なのは嬉しい。(でも、ペットボトルの水は500円もする)

夕食はバイキング形式でお代わりもできました。メニューは、炊き込みご飯と豚汁と、チキンのトマト煮、大根と豚の角煮、山菜のてんぷら、杏仁豆腐やフルーツ缶など。

お腹いっぱいゆっくりご飯を食べた後は五右衛門風呂へ。山小屋でお風呂に入れるなんてすごいよね。石鹸類は使えないけど、シャワーもあって、暖かいお風呂で少しは疲れもマシになったかな。

今回は個室に泊まりました。夕食付きで1万1千円。4畳ほどの布団スペースが割り当てられてました。平日だからか結構空いてた。使ったタオルなどをハンガーに干して荷物整理。気がつかなかったけど、個室の続きに談話スペースがあって、テレビや本やカードゲームなどがあったみたい。

荷物整理したら、歯磨きついでに山小屋のクロックスを借りて外に出て星空鑑賞。やっぱり山から見る星はすごいよね。半球に広がる無数の星々。

星をずっと見ていたいけど、明日も早い、就寝です。くたくただったけど、寝る前に一手間、翌日に備えて夕食時に一緒になった方から教えていだだいたストレッチをしました。

 

二日目はご来光からスタート!

疲れのおかげかぐっすり眠れた。4時40分の日の出の前にゴソゴソと用意をはじめます。山の朝は夏でも寒い。装備は全て身につける。Tシャツ、ユニクロのウルトラライトダウン、ウインドブレーカーにレインウェア上下、靴下もお忘れなく。寒そうだったので、サンダルじゃなくて靴を履いて外へ出たら、ちょうどいいかんじ。

体力に不安があったけど、赤岳展望荘に宿泊したのはご来光のためです。赤岳鉱泉や行者小屋は、山の裏側なので日の出が見えないらしい。

頑張った甲斐あって見たご来光。雲海から日が出る瞬間って本当に素敵。溶けそうに真っ赤な光がのぞく瞬間ってなんであんなにきれいなのかな。

 

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展望荘のいいところは、日の出と同時に、朝日に照らされる赤岳の山頂、そして富士山が見えるところ!そしてお日様と反対側には、山の稜線の影が、お隣の中岳と阿弥陀岳にかかるのが見えます。刻々と変わっていく光がまた楽しい。

展望荘の食堂で朝食を取る方がほとんどのようでしたが、私たちは外のベンチでインスタントスープとパンとソーセージの朝食。お湯を沸かすために火を持ってきましたが、展望荘でお湯がもらえたのでいらなかったかも。まあアウトドア気分アップだし、熱々ソーセージも美味しかったからヨシです。それに、山の景色を見ての食事は楽しい。

 

片付けとチェックアウトの後は、展望荘の談話スペースに荷物を置かせてもらって、赤岳の頂上へ向かいました。

赤岳展望荘から赤岳の頂上までも、岩場が続く急な登りでした。荷物置かせてもらってよかった!(この後横岳に泣くことになる)

頂上までは高山植物の花々が満開でした。きれいだねって見ていたら、コマクサしか名前がわからない私達に山の先輩方(通りすがりの登山客の方々)が名前を教えてくれました。

チシマギキョウ、オヤマノエンドウ、ゴゼンタチバナ、ミヤマダイコンソウ…高山植物の花って小さくてかわいい。オヤマノエンドウは覚えやすくていいね。

頂上からは、たくさんの山が見えました。富士山も南アルプス北アルプスも見えるの。目を凝らすと槍ヶ岳のトンガリを発見。いつか登れる日が来るかしら。朝に登頂できたので雲もなく展望抜群でした。昼になるにつれ雲が上まで上がってきちゃうんだそう。これも山の先輩に教えて頂きました。1日目辛かったけど頑張って赤岳展望荘に泊まってよかった。頂上の山小屋で山バッチゲットし、また展望荘まで下りました。

 

展望荘で荷物を回収して、いざ横岳へ!!

しかしまあ、こんなに横岳が大変だとは思いませんでした。長い長い鎖場が続きます。私は鎖場が楽しくて結構好きなのですが、同行者は苦手な人もいて思ったより時間がかかってしまいました。途中からストックが使えない場所が続きます。手で岩や鎖をつかんで進んでいく。今回、私は手袋忘れちゃったけど、手袋はあったほうがよかったかも。途中でここの固有種?というウルップ草を他の方に教えていただきました。ラベンダーみたいな縦長の花。

横岳は本当に長くて、何個か頂上?みたいなのがあるけど、ここが横岳っていうのはないみたいで、いまいち登った感じなく、硫黄岳ゾーンに突入しました。

硫黄岳ゾーンは、横岳とはまた全然違う山。横岳は岩場ゴツゴツだけど、硫黄岳は小石ゴロゴロのなだらかなコース。途中でコマクサの群生地がありました。珍しいという白いコマクサもあったよ。

この辺りからだんだん体力的に辛くなってきてすでに記憶が曖昧ですが、山の景色と高山植物が楽しめて景色もコロコロ変わって楽しい山でした。長い道頑張って赤岳鉱泉に抜けました。硫黄岳山荘から赤岳鉱泉、ほんとに遠かった。

赤岳鉱泉で冷たい水を汲んでリフレッシュ。この時点で美濃戸口の最終バスに間に合わないことが決定し同行者のテンションだだ下がり。日が落ちる前に山を出られるかということになってきていて、疲れた体にムチ打って出発しました。

赤岳鉱泉から美濃戸口までも超超超遠かった。途中で同行者が足を吊るというハプニングも発生。なんとか歩いて、途中の山小屋の方にシップを分けていただきました。バスには完全に間に合わなかったので山小屋の方に電話を借りて、タクシーを美濃戸口に予約しました。山小屋の方がとても優しくて、お茶もお新香も下さって本当に本当にありがたかったです。

ここからあと1時間!!!平坦な下りです。ゴールが見えて元気も出てきて、おしゃべりの余裕もでました。最後の力を振り絞って歩いた。

 

最終的に美濃戸口には、5時ごろ到着しました。バスまであと少しだったのに残念。

しかし本当に今回は疲れ果てた!

 

 

コース

1日目

美濃戸口→北沢ルート→赤岳鉱泉→行者小屋→赤岳展望荘

2日目

赤岳展望荘→赤岳山頂→赤岳展望荘→横岳→硫黄岳→赤岳鉱泉→北沢ルート→美濃戸口

 

反省点

☆赤岳展望荘にとまったのはよかった。日の出も赤岳登頂のタイミングがよい。

☆横岳のリサーチが足りなかった。鎖場苦手な人がいると時間がかかる!

☆手袋、サングラス、アームカバー、ネックカバーが必要でした。日焼けやばい。顔は日焼け止め塗りたくってたけど、唇と鼻だけやけちゃったので、口元まで伸ばせるネックカバーしとけばよかったと反省。

☆水の量間違えた。行者小屋では水が汲めるけど、その後調達が難しい。行者小屋の時点で残り2リットルはあったほうがいい。

☆虫めっちゃいる。刺される。タイツとかアームカバー越しに刺されるので虫除けあったほうがいい。

 

八ヶ岳はじめてでしたが今後制覇していきたいなあ。

 

 

 

 

 

 

君の名は。

君の名は。を観に行ってきた!

 

土曜に観に行ったら、ほぼ満席でパンフも完売という噂に違わぬ人気ぶり。

なんとか席をゲットして、鑑賞してきました。

 

アニメだけあって、ちゃんとOPが付いてます。

前半、キャラクターは魅力的だし、挟まれるギャグも笑える。絵も綺麗だから、さわやかな気持ちで楽しめました。

後半から、ストーリーが一変してクライマックスに向かって盛り上がっていきます。

 

RADWIMPSが、、

高校生たちの感情の描写が、、

美しい背景が、、

 

煽るよ煽る、感情を煽る。

 

結果、大号泣しました。

 

感情が高ぶった結果、ストーリーはよくわからなくなっていきます。

なんで泣いてるのかわからないけど涙が止まらない。幼児状態です。

エンドロール流れても、大音量のRADWIMPSが涙を止めてはくれませんでした。

 

新海誠作品、初めて見ましたが、こういうことかと。

もう一回くらい観てもいいかも。