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天気の子 ネタバレ感想

天気の子、公開の一週間後に鑑賞しました。

 

もうめちゃくちゃよくて、すぐに感想を書いたのですが、下書きに放置しておりました。

もとよりこのブログもだいぶ適当なので、あれなんですけど…

 

まあ、せっかくブログ作ってたの思い出しましたので、そのときの熱があるままに以下掲載します。

 

ネタバレすごいので、お気をつけを。

 

✳︎✳︎✳︎

 

天気の子を観た直後の私の感想は、新海誠監督はすごい。
ありがとうございます。新海誠様。でした。
これからも素晴らしい映画を作り続けていたただきたいと思います。

 


とにかくすごい映画でした。ちっちゃな私の脳内スペースは天気の子でいっぱいです。ちょっと落ち着けるために、文章として書き出したいと思います。


新海誠監督作品は、いいと思ったものはパクリすれすれでも取り入れるタイプだと思います。今回も、セルフオマージュ含め、過去の作品たちを思い出させるシーンやストーリーが多くありました。このような記憶を刺激する仕組みはオタクウケしますよね。というか、私ウケします。


以下はネタバレが続きますので、どうかご注意ください。


ほしのこえ最終兵器彼女についてもネタバレしています。

 


◯天気の子と最終兵器彼女


天気の子が公開されて1週間以上たち、Twitter等では令和時代の『ゼロ年代』『エロゲ・ノベルゲー』『セカイ系』とか、新海誠が帰ってきたなど言われていますが、はっきり言ってその通りでした。


ここでいうセカイ系というのは、『主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと』を想定しています。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/セカイ系


※いかにエロゲかを語っているこの記事は一読の価値ありです。完全ネタバレですがちょうおもしろいです!
http://cr.hatenablog.com/entry/2019/07/23/000034
http://cr.hatenablog.com/entry/2019/07/23/000034


私は所謂エロゲは体験していないものの、ゼロ年代セカイ系作品群は大好きなので、天気の子鑑賞中は「なんだこれセカイ系www新海誠監督、自分を貫きすぎwww」って、ちょっと笑ってしまいました。


とくに私が思い出さずにいられなかったのは、セカイ系として知られる高橋しん先生の最終兵器彼女です。


余談ですが、新海誠監督の娘さんは子役として活躍されていて、新津ちせさんというんですよね。
ちせですよ?個人的には最終兵器彼女からとったとした思えません。


さて、最終兵器彼女では、ヒロインちせは最終兵器になってしまい、戦争から地球を救うために兵器として戦います。そして、『実を言うと地球はもうダメです』になって、恋人であるしゅうちゃんをちせに取り込み宇宙空間で2人だけでラブラブしてエンドです。


一方、天気の子では、ヒロインの陽菜は100%の晴れ女になります。そして、東京を晴れにするために祈ります。最終的に、東京は水に沈み、帆高と陽菜はラブラブしてエンドです。


ストーリーを省略して書いたとはいえ、構造は非常に似ていると思います。


大きな違いは結末で、最終兵器彼女では地球は滅びますが、天気の子では水没するものの東京は形を変えて存続します。


この違いは、ちせと陽菜に与えられた能力の違いにも依存しています。ちせは世界を滅ぼす力を得ましたが、陽菜は晴れにするくらいです。陽菜は自分の中に帆高を取り入れて宇宙に行く能力も無いですし、2人が生きるには東京を生かすしかなかった。


天気の子では、2人がお互いを求める意志が、世界の形を変えてしまう。しかし、変えてしまった世界、東京には人がいて、社会があることがきちんと描写される。そして、ラストシーンでは陽菜も帆高も少しですが歳をとります。
セカイ系でありながら、このようにラストで変えた社会と時間変化を描写したことで、2人の世界で終わらず本当の世界に一歩踏み出したのではないかと思います。


最終兵器彼女では、ラストシーンのちせはしゅうちゃんの記憶から再生された女子高生の姿です。しゅうちゃんにとって、ちせは一生女子高生として再生されます。
また、こちらもセカイ系と言われる新海誠監督のほしのこえについても、ヒロインみかこは、主人公ノボルにとっては恋をした当初の女子中学生のままいです。
このような描写は、大切な女の子への恋愛感情を運命的で唯一の素晴らしいものとして一生留めておくという素晴らしい表現だと思います。
しかし、一方で、非現実的であることは間違いありません。なぜなら恋愛の形は変わります。そして現実世界では私たちは恋人と2人きりでは生きていけません。


天気の子のラストは、陽菜は高校生に、帆高は大学生になります。そして陽菜はもう晴れを呼ぶ力のない普通の女の子になっていました。
2人の選択は世界を変えました。陽菜の家の前は水に沈み、毎日雨が降り続きます。その現実は2人に一生罪の意識を負わせるでしょう。
2人が再会したからといって、出会った初期のようなドキドキする日々はもう訪れることはないでしょう。


それでも、ラストで、陽菜と帆高は抱き合います。大丈夫だと確かめ合います。
そして、目前で降り続ける雨は、恋愛初期の記憶そのものです。社会で生きていく中で、絶対的に提示されるこの記憶によってその夏のときめきを生涯忘れることはないでしょう。


この描写は、前述の二作品より現実的な設定に落とし込みながらも、恋愛初期のときめきを一生留める新しい発明と言えるのではないでしょうか。
確実に新海誠監督は進化しています。


私はラストのこの構造に、結婚して子供ができた夫婦をみました。恋愛関係が終わったとしても、2人が楽しく愛し合った記憶は消えず、形として残り続ける。…そうでありたいという願望が生み出した飛躍的な解釈だとは思いますが。